『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ)
カズオ・イシグロは、好きな作家だ。
でも好きだからこそ、読めないという現象が起きる。読み始めた後、読み終わるのが寂しいから、ちびちび読むというのは誰でもあると思うが、それを通り越して、そもそも読み始めるのがもったいないというアホな境地。この作品も、出版前からすごく期待していたのに、読み始めるまで2年もかかってしまった。
しかし、待った甲斐(?)はあった。ドラゴンやオークが跋扈する中世のイギリスが舞台ということで、ジャンルとしてはファンタジー小説になるのか。ただ、怪物などの「ファンタジー要素」はあくまでも脇役で、あっさりと描写されている。登場人物の過去が徐々に明らかになる叙述は、どちらかというとミステリー小説のようだった。物語の視点が変わるたびに、謎が明らかになっていく。面白かった。
クライマックスは、黒澤明の映画のよう。やがて最後の謎が明かされて、この世界全体の構図がぱーっと明らかになる。わかりやすく、考えさせられるメッセージ。これは、エンターテインメント作品だなぁ。
しかし、「カズオ・イシグロ」らしさが凝縮されていたのは、その後のエピローグだった。なかなか強烈だった。この後味の悪さ、感情が乱される読後感が、良いのだな。
読んでいるとき、ブリトン的な風景が見えそうな山に登ったので、この本を持って行った。結構、イメージどおりの写真が撮れたと思う。
危険に満ちた道を行く、旅人の気分で。
「山本二三」展
7月16日。
買い物をしようと、車を飛ばして松本に向かった。山から下りてきて、街に入ると、なんだかいつもよりも人が多い。通りのあちこちに人だかりができている。
満車寸前の駐車場に車を停めて、街を歩き出すと、人だかりの原因がわかった。大道芸のパフォーマーだ。あちらこちらで、芸を披露している。どうやら、街全体で大道芸のイベントを開いているらしい。
ただ、残念ながら、自分はあまり大道芸に興味が持てないのだった。歓声を上げる人たちの横を通り過ぎて、買い物に向かう。
用事を済ませて、昼飯を食べようと思ったが、知っている食べ物屋さんはどこも観光客でいっぱいで、混み合っていた。あまり松本のお店を知らないので、行き場を失う。曇り空が晴れて、夏の日差しが降り注いできた。暑すぎて、道を歩いているだけで生命力が消耗する。
繁華街から外れれば、人も少ないかもしれない。少し歩いて、前に一度訪問した「想雲堂」に行ってみた。やはり、空いていた。冷たい飲み物を飲んでいる家族連れが一組だけ。カウンターに座って、唯一の食事メニューである、スリランカカレーを注文。うん、美味しい。家族連れはすぐに出て行ったので、客は自分一人きりになった。
前回ここに来たとき、カズオ・イシグロの「忘れられた巨人」の古本を購入したのだった。半年ほど積んでいたのを、そろそろ読もうと思って今日持ち出してきたのだが、まさか買った店で読むことになるとは思わなかった。アイスコーヒーを飲みながら、ゆっくり1時間ほど読書。
店を出ると、午後3時頃だった。帰ろうかとも思ったが、街中で見かけた展覧会のポスターが気になっていた。少し日が陰って涼しくなっていたので、松本市美術館まで歩くことにした。
企画展「日本のアニメーション美術の創造者 山本二三展」。昨日から始まったばかりらしい。それほど興味がなかったので迷ったが、出てきた人が満足げな様子だったので、入ってみることにした。
山本二三さんは、アニメーションの美術監督や背景画家として、宮崎駿などと組んで活躍してきた巨匠らしい。最初に展示されていたのが、「未来少年コナン」の背景画の原画だった。
見た見た!この絵、見たことある!の連続。当時のTV放送の画質では、ぼんやりとしか見えなかった背景が、鮮やかな絵として目の前にあった。意外と画面が小さくて、驚くほど精密に描き込まれている。後の作品になるほど書き込みの密度が高まり、「時をかける少女」では緻密さが極限に達して、虫眼鏡で見たくなるレベルだった(隣で鑑賞していたおばさんは、写真と勘違いしていた)。
アニメーションって、本当に「絵」で作られているんだなぁと、当たり前の事実をまざまざと実感したのだった。
夏到来
厳しい冬を乗り越えて、体が寒さに順応したのを実感していたのだが……暑くなってくると、逆にそれがアダになった。6月になって気温が上がってくると、体がついていかない。完全に夏バテ。
夜の暑さでほとんど眠れず、ストレスのせいか胃酸過多が再発して、吐き気と下痢に悩まされた。薬を飲みつつ、意識してたくさん食べるようにしたら、なんとか復調してきた。やっと暑さにも慣れてきて、眠れるようになった。
しかし、夏を楽しもう!という気持ちがわいてこない。梅雨だというのにほとんど雨が降らず、鬼のように照りつける太陽にうんざりしている。山登りに行けば涼しかろうと思うが、ガシガシ登るにはパワーが不足している感じ。体力的にも精神的にも。まぁ、準備だけでもしておくか…
しばらく投稿をさぼっていたので、写真でここ数か月を振り返り。
6月4日、松本の老舗カフェ「まるも」を訪問。良い街に良いカフェ。松本に住むのも、良いなぁ…
6月11日。体調が悪い中、少しでも自然を見たいと思い、新潟県妙高市の笹ヶ峰高原までドライブした。まさに別天地。素晴らしく美しい場所だった。
6月18日。友達に誘われて草津の本白根山を2時間ほどトレッキング。天候はいまいちだったが、涼しいのはよかった(むしろ寒かった)。途中から濃霧になって、本気で道に迷いそうになった。
7月9日。暑いから高原でハイキングしよう!という企画で、群馬の奥地にある野反湖(のぞりこ)へ。恐ろしく山奥にあるダム湖なのだが、トレイルがきちんと整備されていて、景色も良く、ハイキングには最高の場所だった。ただ、この日はめちゃめちゃ暑くて参った。標高1500mなのに。
湯ノ丸山〜烏帽子岳
太郎山に登った翌日の4月23日。勢いで、湯ノ丸山を目指したのだが……
この有様。場所によっては50cmくらいの残雪が残っていた。アイゼンを持ってこなかったので、とても登れず。あきらめて撤退した。
今年は、例年よりも残雪が多いらしい。他の山でもそういう話を聞いたから、長野県全体がそうなのかも。
5月に入ると、上田市内から見える烏帽子岳の山頂付近も雪がなくなった。
そして今朝。早朝は山の方に雲がかかっていたが、10時近くになると晴れてきた。急遽、ザックに荷物を詰め込んで、車で山に向かう。
この通り。すっかり雪がなくなった。ただ、森の様相は春を通り越して初夏になっていた。春らしい花がまったく見られず、残念。
今まで烏帽子岳に登ったときは、湯ノ丸山を迂回したが、今回は登ってみた(上の写真で正面に見える丸い山)。予想していたとおり、なかなかの急登だった。
大した距離ではなかったが、運動不足の体にはしんどかった。疲れて何度か立ち止まってしまった。
登山口から1時間で登頂。
火山岩に覆われた丸い山頂は見晴らしがよく、気持ちよかった。吹き渡る風は、寒いくらいだった。
正面に見えるのが、烏帽子岳の山頂。余力があったので、連続で登ることにした。
急な下り道を降りて、また登り返す。登り始めたとたん、脚が重い……。予想外に疲労がきていて、きつい。トレッキングポールを取り出して、這うように登る。湯ノ丸山から1時間半かかって、烏帽子岳に登頂。
東の方は雲海っぽくなっていた。正面奥に見えるのが、たぶん根子岳。来週にでも登ろうかと考えていたのだけど、まだかなり残雪があるように見えた。
賞味期限切れのシーフードヌードルが家にあったので、持ってきた。今回はガスコンロを持参せず、最近購入したモンベルの「アルパインサーモボトル」でお湯を持ってきたのだけど、普通にラーメンを作ることができた。今後は、これで十分だな。
中途半端な時間だったせいか、山頂には誰もおらず、自分一人だった。カップラーメンを食べている間も、誰も来なかった。静かすぎて、ちょっと怖い。人がいないと、山はこんなに静かなんだな。
東からわいている雲が気がかりだったので(天気予報では雷注意報が出ていた)、さっさと下山することにした。
キャンプ場の近くまで降りてきて、「そういえば、クマ注意の看板が出ていたのはこのあたりだったな。クマ怖ええな。」とか考えているそのときに、突然、前方の笹藪からガサガサと音がして、何かが飛び出してきた。
心臓が止まるかと思ったが、飛び出してきたのは大きな鳥だった。キジのようだが、色が違う。頭から首までが赤みがかった茶色で、背中が斑入りの灰色だった。一瞬のことで写真を撮る暇もなく、また藪に飛び込んで消えてしまった。
調べてみると、どうやら「ヤマドリ」の一種らしい。珍しい鳥のようだ。
ヤマドリと出会った笹藪。
今回は目を惹かれる草花や昆虫と出会えなかったのだけど、最後に珍しい動物に出会えて、ラッキーだった(ツキノワグマじゃなくてよかった)。
春の山
この地にも、ようやく春がやってきた。
川を泳いでいたマガモの群れが去り、ツバメがやってきた。桜が咲き、すぐに散り始めた。いつも仰ぎ見ている浅間連峰の山々も、だいぶ雪が減ってきた。よく見える烏帽子岳の山頂付近は、ほとんど雪がなくなった。そろそろ、登れるかな。
4月22日。山の山頂でだけ開店するレアな古本屋が、上田市の太郎山で開店するというので、急遽行ってみることにした。太郎山は、上田市民に親しまれている市民の山らしいが、自分は初めて登る。上信越自動車道の太郎山トンネルはしょっちゅう通っているのだけど。調べてみると駐車場がないようなので、バイクで出撃することに。
天気は快晴。日差しが暑いくらいだったが、バイクで走ると寒い!登山口に着くまでに、体がすっかり冷えてしまった。表参道登山口にバイクを停めて、登り始めた。
こちらのルートは、登り口からいきなり急登が続く。ひたすら、淡々と登り続ける。お昼までに山頂に着かなくてはならなかったので、気合いを入れて歩いた。冷えていた体も、あっという間に汗だく。
登山道のあちこちに、可愛らしい紫色の花が咲いていた。
調べてみると、ツボスミレの一種らしい。
ほぼ休まず歩いて、1時間ちょいで山頂に到着。
あった。山の上の古本屋。
なかなか良い本が揃っている。ポカポカとした日差しの下、しばらく本を読ませてもらった。欲しい本が何冊もあり、迷った末に、クラフト・エヴィング商会の『犬』と、スウェン・ヘディンの『さまよえる湖』を購入。
帰りは、「裏参道」を下って帰った。こちらのルートは、比較的傾斜の緩い林道が続く。あまり眺望はないが、色々な鳥の声が聞こえて、自然を感じられる道だった。
道の外れにカタクリの花を見つけた。
この谷間にはかつて鉱山があり、集落もあったという。今は、鉱山の跡と伝えられる穴ぼこが谷の向こう側に開いているだけ。
林道を下まで降りると、きれいな沢が流れている。林道の脇の、斜面から湧き水がしみ出しているところで、おばさんが山菜を採っていた。ただの草にしか見えなかったが、聞いてみると、おひたしにして食べるという。草の名前を聞いたものの、忘れてしまった。
15分ほど歩いて、表参道の登山口に戻った。いい感じの山歩きだった。
雪の上高地
3月20日、友達に誘われて、雪の上高地を歩いた。
古い旅館をリフォームしたゲストハウス風の自炊宿。我々は3人で個室に泊まったが、ドミトリーもあり、一人でも気楽に泊まれそうだ。建物のつくりや設備は古いが、トイレ以外の共用部分はキレイにリフォームされていた。源泉掛け流しの温泉は、木をふんだんに使った内装が心地よく、お湯の質もかなり良かった。
3月下旬でも夜は氷点下に冷え込む。薪ストーブ最高。
翌朝、宿の人に車で釜トンネルまで送ってもらう(ここまで送迎6000円)。この釜トンネル、冬期は全面通行止めになるが、歩行者は通行が許可されている(自転車も可、らしい)。ここを1時間ちょい歩くと、上高地に入ることができる。
トンネル内の照明が落とされて真っ暗な上に、吹き込んだ雪や湧水が凍っている箇所があるので、ふらふら歩いていると危ない。ときおり工事車両も通る。ヘッドランプは必携。
トンネルを抜けると、焼岳が見えてくる。
きたー。大正池。
森の中を歩く。
積雪は1mを超えていたが、気温がずんずん上がり、10℃を超えるくらいだったので、雪がしまって歩きやすかった。宿でレンタルのスノーシューを借りてきたのだけど、全然いらなかった。チェーンスパイクだけで十分だった。
怪しい足跡を発見。
小さいけど、ツキノワグマの足跡か?
大正池の近くでテントを張っている人がたくさんいた。気持ちよさそうだけど、いいのか?
穂高連峰。天気が良すぎて山が白飛びしてしまう。
河童橋に到着。ここまで約3時間半。
橋のたもとで昼飯。あちこちに人がいて賑わっていたが、前日よりは少なかったらしい。連休最終日だからだろうか。食後、すぐに帰途についた。
冬の上高地に、こんなに簡単に来られるとは知らなかった。知っていても、1人だったら、来ようとは思わなかっただろうなぁ。友達に感謝。
スノーシュー体験
もう3月。日ごとに太陽が明るくなり、暖かさが増してくる今となって、雪まみれの記事を更新…
軽井沢で友達と待ち合わせて、クルマに乗せてもらう。有料道路の費用節約という目的もあるが、なにより三菱アイの雪上走行能力が心許なかったので、同乗をお願いすることにした(その危惧は当たった)。
冠雪した浅間山の美しさを堪能しつつ、北に向かってドライブを続けていると、周辺の雪が深くなってきた。万座温泉の標高は1800m。万座ハイウェーに入ってしばらくすると、路面が圧雪路になった。路肩には数メートルの雪。
それなりの斜度があり、カーブが連続する山岳路。アイでは厳しかったな。
友達のクルマはFFのスズキ・ソリオだったが、圧雪路を安定して走っていた。ただ、カーブで微妙にケツが流れる感覚があり、個人的には落ち着かなかった。運転していたのが雪道経験の豊富な人だったので不安はなかったものの、ちょっと気持ち悪くなった。
午後3時頃、万座に到着。軽井沢は快晴だったが、こちらは雪が降っていた。
時間があったので、かねてから興味があったスノーシューを試してみることにした。といっても、アレンジはすべて友達にお任せ…。万座プリンスホテルでレンタルのスノーシューを借り、着替えて、万座スキー場のリフトに乗って山の上へ。
どんな装備が必要なのかよくわからなかったのだが、靴だけは保温材入りのトレッキングシューズを用意しておいた。
アウトレット品が安く手に入った。モンベル独自のソールは非常にグリップが良く、氷の上でもあまり滑らなかった。2時間ほど雪の上を歩いて、靴の中が冷たく感じることはなかったので、保温材も効いていたと思う。
ウェアは、手持ちの山装束を組み合わせて着てみた。暖かいインナーを着て、ダウンジャケット、ネックウォーマー、毛糸の帽子。濡れ防止のために、山用ズボンの上にレインウェアを重ねてみた(結果的には気温が低すぎて、ちっとも濡れなかった)。
レンタルのスノーシューは、靴を固定する部分とベース部分が別々に可動する、本格的なものだった。
茶色のストラップでかかとを固定し、黒いストラップで甲を締め付ける。慣れると簡単。
山の上は、白一色の世界だった。そのうち雪も降ってきて、左を見ても右を見ても、上を見ても下を見ても、白、白、白。
安全なスキー場だからいいけど、これが深い山の中だったら、かなり不安な気持ちになるだろうな。
スノーシューは幅広い面で体重を支えてくれる道具だが、降ったばかりの新雪だとこれだけ沈んでしまう。それなりに大変だ。
もっとも、何も付けなければ膝上まで雪に埋まるだろう。
スキー場の急斜面は歩きづらかったので、林の中に入り込んで遊んでみた。
楽しい。これが晴れていて、景色の良い山の中なら、もっと楽しいんだろうな。午後4時を過ぎ、スキー場の営業時間が終わってしまったので、引き上げた。
気温マイナス15℃。友達に、まつげが凍っていると言われたが、まったく気付かなかった。写真を撮ってもらえばよかった。
夜は刺激の強い温泉と、友達との宴会を楽しんだ。そして翌朝。
一晩でこれだけ積もり、クルマが埋まってしまった。氷点下のパウダースノーは、まるで発泡スチロールで作った舞台用の雪のように、さらさらしていた。ときおり日が差してくると、あたり一面が銀色に輝いて、目を開けていられないくらい眩しかった。
冬の山もいいなぁ。遭難しなければ……