見逃していたアニメを今さら見てみる

9月も半ばを過ぎて、秋らしい日が増えてきたなと思っていたら、今日は夏日だった。朝から激しい日差しがガンガン照りつける中、懸案だったクルマの車内清掃と洗車(機械任せ)をこなし、1か月放置していた汚れたランニングシューズを洗った。その後で、この長すぎるブログ記事を書き進めた。

明日から涼しくなるようだが、来週末はまた暑くなるとの予報。平成最後の夏は、まだまだ終わらない。

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去年の春にFire TV Stickを購入して以来、暇つぶしに利用してきたAmazonプライムビデオ。

あるとき、プライムビデオのメニューをつらつらと眺めていると、見たことのないアニメがたくさん配信されているのに気がついた。こうして見ると、ネット上でよく名前が挙がる過去の大ヒット作を、自分はほとんど見ていない。世界的に人気があり、「ミーム」に近い扱いを受けているタイトルの数々。

むやみに美少女が出てきたり、特に理由もないのに主人公がモテまくったりするアニメは、あまり好きではない。見ていて、いたたまれない気持ちになってしまう。でも、先入観で排除してしまうのは、間違った態度のように思えた。

プライムビデオによって、非常に低コストでアニメを見る環境が整った。今こそ、自分の認識を改めるチャンスだ。

そのようなわけで、「見逃していたアニメを今さら見てみるキャンペーン」を1人で始めることにした。ただ、「ゲーム・オブ・スローンズ」と平行して見ていたので、結局そんなに多くの作品は見られていない(こちらはシーズン1〜5まで見終えた)。

中には今ひとつ楽しめない作品もあった。やはり、主人公に共感や感情移入ができないと、見ていてつらい。世代的・年齢的な要因が大きいと思う。悲しいが、まあ仕方がない。

今回は、そんな自分にも大いに楽しめたアニメの中から、ベスト3を選んでみた。

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爆水Run 2018

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8月5日、今年も「信州爆水RUN」に参加した。

charlie.hatenablog.jp

 川と山を「走る」という、他にあまりないコンセプトのレース。走るのは今回で3回目だが、過去2回はタイムとか順位とか全然気にせず、途中で泳いだり遊んだりしていた。今年は真面目に走って、タイムを縮めようと密かにもくろんでいた。

その割には、事前の走り込みとか調整とか全然しなかった。逆に、前々日にスカッシュのスクールで限界まで追い込んでしまい、筋肉痛でガチガチの脚で走る羽目になった。 

こちらは去年の楽しげなレースの模様。

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例年通り、今回もカンカン照りの夏空。猛暑の影響で、この日は長野県でも35℃超えの暑さだった。

走り始めると、やはり脚が重い。バランスが取れなくて、よたよたする。石ころだらけの川の中に入ったら、すぐ転けてしまった。

それに、異常な暑さがこたえた。開けた川の上、直射日光にさらされていると耐えられない暑さだ。頭から川の水をかぶって、体を冷やした。

今年は、高校野球の子がよく着ているポリエステル製の長袖シャツを着て走った。日焼けを防ぎつつ、高い通気性で涼しく感じる。なかなか快適だ。水をかぶると、さらに涼しい。ハイネックなので首の日焼けも防いでくれる。もう少し涼しい季節になって、外でランニングできるようになったら、使ってみよう。

スタート後、しばらく川を遡り、陸に上がってすぐ山に登った後、山を駆け下りて、川を下る。わずか4kmのコースだけど、一般人なら1時間はかかる。異様な蒸し暑さの中、山を登り、精一杯のスピードで山を下りた時点で、脚の筋肉が限界に来ていた。もう走れない。ふたたび川に入っても、水をかき分けて走るパワーが残っていなかった。

川下に向かってぱちゃぱちゃ水を踏みながら歩いていると、難関の「せき」にたどり着いた。川幅一杯に高さ2mほどの段差があって、ごうごうと水が流れ落ちている。大きな川ではないが、意外に水量が多く、滝壺では水が逆巻いている。落ちたら溺れる危険性が高い。なかなか、クレイジーなコースである。

まっすぐ突き進んだら危険なので、右岸側に設置されているコンクリートの魚道を通るか、左岸側に積まれているテトラポッドを伝って降りることになる。いつもは安全な魚道を通るのだけど、この日は疲れていたのか、暑すぎて頭がぼんやりしていたのか、左岸の方に行ってしまった。

「せき」の上からテトラポッドまでは、50cmくらい離れている。立って助走をつければ簡単に飛び移れる距離だが、立ち上がると速い水流に足を取られてしまうので、それはできない。水が流れ落ちる「せき」のふちに座ったまま足を振りだし、両手で体を押し出して、勢いで飛び移るしかない。そうなると、50cmは結構シビアな距離になってくる。

いけるか?いけないか?

横を見ると、他のランナーたちが次々と飛び移っている。よーし、オレもいけるはず!と、両脚を上げて体を前に押し出した。

しかし、足はテトラポッドに届かなかった。結局、びびって勢いが足りなかったのだ。シューズがむなしく空を切り、胸からテトラポッドに激突した。かなりの衝撃だったが、腕を伸ばしてなんとか張り付いた。下に落ちたら水流に巻き込まれて死ぬ!と思い、必死によじ登った。

今まで経験したことがない激痛に、しばらく動けなかった。アバラが折れたか。救急車!

しかし、しばらくじっとしていたら痛みが引いて、鈍痛に変わった。そのままレースを続行して、なんとか完走。100人中60位くらいの微妙な成績でゴールした。

 

ゴールした後、こわごわとウェアをめくってみると、左脇腹に赤黒い大きな打撲傷ができていた。じっとしているとなんともないが、深呼吸すると少し痛み、咳をすると激痛が走る。安静にした方が良さそうだが……

結局その後も、夏休みを目一杯遊びたい友人たちと一緒に、BBQ→温泉→地元の花火大会→カラオケと、1日を完走してしまった。カラオケは歌っているうちに痛みが増してきて、1曲でギブアップ。その後、ほぼ熟睡していた。 

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帰宅後、近くの整形外科へ。レントゲンを撮ってもらったが、はっきりそれとわかるような骨折や亀裂は見当たらないとのこと。診断結果は「打撲と骨折疑い」全治3週間。湿布と痛み止め内服薬を処方してもらった。

とりあえず湿布を貼ってみたものの、あまり効果はなかった。歩いたり体を動かしたりすると、鈍痛が増してくる。少しでも咳をすると鋭く痛み、うっかりくしゃみでもしようものなら、耐えがたい激痛に数秒間襲われる。じっとしていられず、立ち上がって苦しむくらい痛い。本当に、「せき・くしゃみ恐怖症」になった。

あれから2週間近く経って、ようやく痛みが落ち着いてきた。いや、つらかった。

虚弱体質ながら骨だけは丈夫で、今まで骨折した経験がなかった。骨の痛みって、こんなに痛かったんだな。

新しい音楽、夏

何か月か前にTwitterで流れてきた動画を見て、ずっと気になっていた「Snail's House」。


Snail's House - Pixel Galaxy (Official MV)

このアニメ自体が気に入って、ことあるごとにYouTubeで動画を見返しているうちに、Apple Musicで他の楽曲も公開されていることに気がついた。さっそく検索して、アルバムを何枚かダウンロードしてみた。

こういう、ピコピコ音がメインの音楽はあまり聴いてこなかったのだけど、通勤途中、中央線の外に流れる景色を眺めながら聞いていると、すっと心が安らぐのを感じる。

特に、最新アルバムは日本の夏の季節感が心地よくて、よく聞いている。冷房の効いた電車に揺られながら、青空と夏雲をながめながら聞くと、リラックスできるのだ。


Snail's House - [vivid green]

 


Snail's House - 最後の夏が終わる前に (before the last summer ends)

 

この曲を作っているのは、Ujicoというミュージシャンらしい。ネットで調べても詳しい情報は見つからなかった。Twitterのプロフィールを見ると、1997年生まれ、東京在住とのこと。

まあ別に、本人の情報は気にならない。とにかく、久しぶりに新しい音楽に出会えたような気がして、このところ嬉しい気分なのだ。

土屋政雄さん講演会

友達に教えられて知った、翻訳家・土屋政雄さんの講演会。この人は、かのノーベル賞作家「カズオ・イシグロ」の作品を翻訳したことで知られている。あわてて申し込んだものの、希望者多数のため抽選となり、落選してしまった。

ところが直前になって電話がかかってきて、キャンセルが出たため参加可能になりましたというお知らせが。三連休に何も予定を入れてなかったので、喜んで参加することにした。

7/14。30℃を超える灼熱の中、太陽に焼かれながら自転車をこいで、武蔵野プレイスへ。4階の大きな会議室に、たぶん100人くらいの人が集まっていた。

登壇した土屋さんは、生真面目な風貌ながら、話し始めると率直かつユーモラスな語り口で、面白い人だった。まず、翻訳家になったきっかけから話し始めたが、学生運動全盛期の混乱の中で社会から「はみ出して」この世界に入ったというのは、この世代の翻訳家に共通する特徴なのかもと思った。

東京オリンピックの後、雨後の筍のごとく急増した翻訳会社から誘いを受けてフリーランス翻訳者の道を歩み始めた土屋さんは、後に○○○社のコンピューターのドキュメント翻訳を直に引き受けるようになって、経済的にも安定するようになった。この頃はまだ翻訳者が少なかったから、かなり儲かったと思う。

子供が生まれたことを契機に?、仕事の幅を広げようと考えていたところに、たまたま海外ノンフィクションの翻訳依頼が舞い込んむ。数か月かけて訳して出版したものの、あまり売れなかったが、1年ほどしてその本のテーマに関連する政治事件がたまたま起こった。にわかに脚光を浴びる結果になって、本も増刷を重ねた。それを足がかりに、本格的に出版翻訳の道に入り、実用書を中心に翻訳のキャリアを重ねていく。

言語の幅を広げようとフィンランド語教室に通い始めたところ、クリスマスパーティーの福引きでたまたまヘルシンキ行きの航空券で引き当てる。その旅行中、たまたま手に取った雑誌に載っていたのが、イギリスで最も権威のある文学賞であるブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの記事だった。興味を引かれ、翻訳してみたいと思いながら帰国したところ、なんとそのカズオ・イシグロの本を翻訳してみないかというオファーが舞い込んだ。それは、第一候補の翻訳者がたまたまオファーを断ったからだった。その作品『日の名残り』の訳書が高く評価され、文芸翻訳家としての地位を確立することになる。

……という経歴なのだけど、本当に「たまたま」が多い。土屋さん自身も、冗談めかして運の良さを語っていた。

でも、単に幸運に恵まれた人、というわけじゃないと思う。恵まれた環境に安住することなく、新しい分野にも積極的に取り組み、チャンスがあれば臆することなく挑戦するというメンタリティがあるからこそ、幸運をものにできるのだ。さらにその幸運を自分の成長につなげて、さらに新しい可能性を追求する。飄々とした人だったけど、人生に対する熱量は相当なものだなと感じた。

最後に、土屋さんは面白いデータを紹介してくれた。外国語の原文とその翻訳(英語→日本語、仏語→英語など)を純粋なデータ量(.txt形式)で比較すると、ほぼ同じになるというのだ。土屋さんが紹介した事例では、原文に対する訳文のデータ量の比率はおおむね90%〜110%の範囲に収まっていた。だから、原文と訳文のデータ量に大きな差があれば何か問題があることがわかる。

また、同じ翻訳者が長編小説などの長文を訳す場合、同じ人間が全部訳すのであるから、各章ごとの原文・訳文比率はほぼ一定になるはずである。しかし、実際に調べてみると結構ばらつきがある。これは、作業した日によって体調や集中力が変わるから、その影響が出ていると考えられる。だから、土屋さんは毎日のように数日分の作業分を見直して、手を入れるそうだ。

何かと高尚なものと思われがちな翻訳を、ここまで即物的にとらえるとは。柔軟な発想と実践的なアプローチに、とても刺激を受けた。

平らな街で

新しい我が町は、武蔵野台地の南西部に位置している。台地が途切れる境界線は急坂になっているが、台地の上は、ひたすら平らな世界が広がっている。地平線上に山が見えない。ここまで平らな土地に住むのは初めてかもしれない。

だから、自転車移動がすこぶる適している。道には多くの自転車が行き交い、駅前には広大な駐輪場が整備されている。主な道路には、路肩に自転車通行帯が設けられている。通勤のサラリーマンも、通学の高校生も、子供連れのお母さんも、放課後の小学生も、とにかくみんな自転車に乗っている。

そんなわけで、自分も自転車を買った。写真を撮り忘れたのでAmazonリンクで……

車種選定の決め手は、必要最低限の性能と充実した装備、そして手頃な値段。ワンタッチで使えるサークルロック、ハブダイナモで発電するオートライト、大型の泥よけ、自動ロック機構付きサイドスタンドなど、ママチャリで培われた便利装備が満載されている。こういう、身も蓋もない実用性が気に入ったのだった。

 

今日は友達と会うために、2駅先の街まで走った。夏の太陽がガンガン照りつけて、めちゃくちゃ暑かったけど、風を切って移動する感覚がやっぱり楽しかった。ものの15分ほどで到着。いやあ、便利だ。オートバイと違って、置き場所に困らないのもよい。次は、もうちょっと遠出してみようかな。

時間つぶしで入った図書館で、こんな本を読んだ。昔からなぜか、中欧の民話に心引かれる。とても面白い。
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再会

土曜日。伸びた髪を切ってもらうために、以前お世話になっていた美容師さんの店に行った。4年ぶりの再会。

中央線の奥地から東横線の奥地まで移動するのに、電車を乗り継いで、1時間半くらいかかった。かなり遠回りするので、時間がかかる。車で行った方が速かった。

4年ぶりに会った彼は、外見上、ほとんど変わりがなかった。もう30代半ばのはずだが、まだ20代にしか見えない。相変わらず飄々として、軽やかな物腰。店の様子も、とくに変わった点はない。

でも話を聞くと、けっこう激動の日々だったようだ。新しく会社を興して大金を得たり、それが潰れて大損したり。何よりも、子供が3人に増えていた。

「完璧に覚えてました」と、4年前とまったく同じ髪に仕上げてくれた。やはり、なじみの人にお願いできるのは安心感がある。遠くまで来た甲斐があった。

店を出た後、4年前と同じように駅前のカレー屋に足を運んだ。髪を切った後に、備え付けの漫画を読みながらカレーを食べるのが、お決まりのパターンだった。

カレー屋に入ると、中が改装されてレイアウトがずいぶん変わっていた。漫画の棚は1/3くらいのサイズになっていた。前は漫画を読んでいる客が多かったのだけど、今はみんなスマホを見ながらカレーを食べている。もう、漫画を置く必要性がなくなったらしい。続きを読みたい漫画がたくさんあったのに。

その後、買い物をしたかったので、渋谷に立ち寄った。

「渋谷も変わりましたよ」と美容師の彼が言っていたが、その通りだった。見慣れた町並みが消滅し、見慣れない巨大なビルが建ち上がりつつあった。

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一番驚いたのは、公園通り沿いのパルコがなくなっていたこと。地下の書店では長い時間を過ごしたし、いろいろな本を買った。それがビルごと、消失。

本当に、スクラップアンドビルドだなぁ。 

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またまた引っ越し→東京

5月末、東京に引っ越した。

その理由は、これまでの完全リモート勤務から、都心のオフィスに(週何度か)通うことになったため。

4年もリモート勤務を続けている間に、社内に続々と新しい人が入って、会社の雰囲気が様変わりした。社内のスタッフとは毎日メールやチャットでやり取りしているが、面識がほとんどない人ばかりで、どうも今ひとつコミュニケーションがすっきりしない。それに、中堅社員がみんなリモート勤務になってしまい、常駐しているのが若手ばかりなので、少し心配でもある。

そんなわけで、東京に戻ることにした。

これまで、都心にこだわって暮らしてきたが、今回は東京郊外に住むことにした。ちょっとでも広い部屋に住み、なおかつ車を維持するのが目的。結果、前住んでいた世田谷代田の1Kのアパートと同じ家賃で、2LDKの部屋を借りることができた。駅からも、なんとか徒歩圏内。

ただし、安いのには裏があって、築30年だった。きちんとメンテナンスされているが、水回りが古く、使いづらい。このあたりは慣れるしかないか。

引っ越して2週間。昨日、郵便受けに住宅展示場のDMが入っていた。宛先を見ると、知らない男性の名前が書かれていた。前の住人か。もう一通、注文住宅の説明会の案内はがきも来ていた。そこには、同じ名字の女性の名前。

このアパートに住みながらお金を貯めて、二人のマイホームを建てたのかなぁ……と、しみじみした。

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