若い読者
昼。中華料理屋で激辛担々麺を食べ終わり、ぼんやりiPhoneをいじっていると、斜め前のカウンターに若いカップルが座った。特に気にとめなかったが、しばらくして、女の子の方が妙なことを言い始めた。
「これ、ナルシズムじゃない?」
何だと思って目を上げると、男が女の子に漫画を見せていた。なんと、『テルマエ・ロマエ』だ。いい趣味してるじゃないか。しかしこの娘は何を言っているのだ。
「いやよ、ナルシズムは」
男の方は困惑している。娘は言葉を継いだ。
「私、村上春樹が嫌いなの。あれって、主人公が超ナルシズムじゃない。超気持ち悪い。いやで仕方がないの。そうじゃないのもあるかも、だけど。とにかく、ナルシズムが嫌いなの」
突然の自己主張をぶつけられて、彼は戸惑っている様子だったが、村上春樹は嫌いではないようだった。嬉しそうにしゃべり始めた。
「オレ、リアリティがあるから好きだなぁ、村上春樹」
お、村上春樹でリアリティを語るとは。斬新な視点かもしれない。
「料理がさ、すっごい詳しく書いてあるんだよ。作りたくなっちゃうもん」
そのリアリティかい!と、心の中でずっこけた。
若いときは、難しい言葉を使いたくなるものだ。ときには、無理矢理に。自分も十代のときは偉そうに色々と語ってたんだろうなぁ。