『空白の5マイル』角幡唯介

冒険家・角幡唯介氏のことを知ったのは、NHKのドキュメンタリー番組だった。ロシアの国道を自転車で走ってモスクワを目指し、途中で現地の人と交流したりするという、ひどく地味な番組だった。地味だったが、その地味さに逆に興味を惹かれて、最後まで視聴した。

角幡氏は物静かで知性を感じさせるスマートな人物で、しかもイケメンだった。とても冒険家には見えなかった。しかしロシアの雪の積もった国道を淡々とマウンテンバイクで走り続ける姿には、底知れぬ持久力を感じた。

この人が執筆活動をしていて、すでに何冊も本を出しているというのは後になって知った。読みたいと思ったが、書店で見かける機会がなく、いつしか忘れかけていた。つい最近になって、文庫化された著書を見つけて、すぐに購入した。あのドキュメンタリー番組を見てから、2年も経っていた。

最初に『雪男は向こうからやってきた』を読み、とても面白かったので『空白の5マイル』も買った。

読んでみると、元・朝日新聞の記者というのが納得できる。自分の体験を克明に記述するだけでなく、丹念に文献を読み込み、多くの関係者にインタビューを重ねて得た情報が的確に織り込まれている。まさにジャーナリスト的なのだが、そういうクソ真面目な文章の中にときおり独特の笑いを投げ込んでくる。これがなかなかの変化球で、変わった人だなと思いつつ、笑ってしまう。これは、角幡氏のパーソナリティがそのまま現れているのだろうし、そういう文章は良い文章だと思う。

では、とても成功とは言えないような、苦難に満ちた冒険の過程がつづられている。すさまじい困難の中で旅を続けようとする情熱はすごいのだけど、本人の心持ちはどこか醒めていて、同じ時代を生きる日本人なのだなと強く感じる。彼の価値観には共感できる。その誠実な文章を、もっと読んでみたいと思った。