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入院記(1)

9/14

手術24時間前、入院。

この病院は病床数600を超える巨大な総合病院で、がん治療から心臓外科手術、出産まで対応している。今まで知らなかったが、整形外科に定評があるとのこと。たしかにスポーツ整形科があるのは珍しいかもしれない。十数年前に全面改築されており、病棟の設備も比較的新しくて快適だった。

病室は費用負担のない大部屋(4人部屋)を選んだ。有料ながらテレビが付き、収納スペースも充実している。十分に快適だと思う。

初日はいくつか検査をして、主治医から手術の説明を受けた。しつこいくらい、詳しく説明してくれた。

今回の手術の目的は、右前十字靱帯の再建。具体的には右膝の皿の下にある膝蓋腱を縦に1/3幅で切り取り、前十字靱帯の位置にボルトで固定する。面倒くさそうな手術だ。3時間もかかるらしい。リハビリに要する期間は最短7か月。自分は年齢のせいか、完治まで12か月と言われた。

夜はやることもなく、ベッドの上でだらだらと本を読んだりして時間を過ごす。22時、消灯。

 

9/15

6時起床。手術は朝一番、8:50からだった。朝食はとらず。シャワーを浴びて手術箇所を消毒し、新しい病衣に着替え、手術室へ。

緊張しながら手術室のエントランスに入ると、今朝の手術を受ける患者が十数人も待機していて驚いた。これだけの人数を一気に手術できる施設とスタッフが揃ってるって、すごいことだと思う。手術を待っている患者のほとんどが中高年の女性だったせいで、待合室にはおしゃべりの声が渦巻いていた。おかげで、少し気が楽になった。

しかし、看護師に促されて手術室に向かうと、不安がぶり返してきた。硬い手術台に上ると、不安があきらめの境地に変わる。なされるがまま、点滴の針が腕に差し込まれ、胸に電極が貼り付けられ、麻酔用のマスクが顔に装着される。麻酔ガスを吸い込むと数秒で意識がなくなると聞いていたが、呼吸が浅かったせいか、なかなか効かなかった。点滴の効果で頭の奥が重くなってくる。麻酔科医に深呼吸するように指示されて、何回か深呼吸するうち、意識がなくなった。
次に気が付くと、病室に運び込まれたところだった。体のあちこちにプラスチックのチューブが刺さっているのを感じた。酸素マスクが息苦しい。右膝はがっちりと固定されている。

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ずっと同じ姿勢で寝ていたせいか腰が痛かった。体を横に向けるのは大変そうだったので、電動ベッドを少し起こしてもらった。腰に角度をつけると楽になった。

ベッドから出るのはもちろん、体を動かすこともできない不快な状況だったが、点滴で流し込まれる強力な鎮痛剤のせいか、夕食のとき以外はずっと眠りっぱなしだった。夜、隣のベッドのおっちゃんが爆音級のいびきを立てる中でも、朝まで眠りこけていた。

 

9/16

6時起床。今日から「お通じ」に行かなければならないのが憂鬱だった。尿道カテーテルがち○○に刺さっているので、「小さい」方は膀胱から自動的に流れ出してベッド脇にくくりつけられた袋にたまっていくが、「大きい」方はトイレまで行く必要がある。

左腕に点滴、ち○○にカテーテル、右膝にドレーン管(たまった血を抜くための管)が刺さっている状態での移動は大変だ。いちいち看護師に頼んで、車いすに乗せてもらわなければならない。かといって我慢したあげくに切羽詰まってベッドの上で催す事態はなんとしても避けたい。

朝食後、腸が活発に動き始めた。看護師にトイレに連れて行ってもらったが、出そうで出ない。その日は何度チャレンジしても出なかった。不自由な状況によるストレスと、右脚を上げたまま便器に座るという不自然な姿勢が、それを阻んでいたのだろう。後で同室の患者さんと話をしたら、同じようにひどい便秘に悩まされたと聞いた(2回も浣腸したらしい)。結局、翌日の夜に下剤を飲み、翌々日の朝にやっと出てきてくれた。

その夜は鎮痛剤の点滴が終わっていたせいか、なかなか眠れなかった。手術後から続いていた発熱がひどくなり、吐き気がしてつらかった。悶々と夜を過ごすうち、ち○○に食い込んでいる尿道カテーテルがものすごく不快に感じられてきた。翌朝に外す予定だったが、もう耐えられないと思い、夜中にナースコールして看護師さんに外してもらった。カテーテルの途中にある分岐に注射器で液体(水だろうか)を注入すると、圧力でカテーテルが抜け出てきた。ずるずると、ち○○から出てくるゴム管の長さに驚いた。膀胱までつながっているんだから当然か。入れるときに意識がなくて良かった。

手術の時から着ていたガウンと下着も着替えさせてもらい、気分がすっきりした。やっと眠ることができた。