テンカラ

小学3年生くらいだろうか、初めて釣りをしたのは。

父親の田舎に遊びに行ったとき、親戚の従兄弟だか誰かと、用水路で釣りをした。貸してもらったのは素朴な竹の竿。テグスの先に針を付けただけの仕掛けを用水路に垂らすと(エサを付けたと思う)、すぐに釣れた。と言っても、2cmくらいの小魚。ばんばん釣れた。小さすぎて手応えはまるでなかったが、「面白い」と感じた。

しかし、残念ながら私の釣り体験はそれで終わりだった。父親が釣りをしなかったからだ。なぜか一度だけ、近所の川にフナ釣りに連れて行ってくれたことがあったが、半日川に糸を垂らしただけで、何も釣れなかった。そして二度と行くことはなかった。非常に飽きっぽい人なので、やる気がなくなったのだろう。

大人になって、バイクで野山を走るようになると、また釣りに興味が出てきた。山奥の渓流で竿を振る釣り人が、かっこよく見えたのだ。でも、まったく経験がないのでやり方がわからない。何から手を付けたら良いのか、わからない。釣り教室とかないのか?と探してみたが、子供向け教室ばかりだった。ど素人の大人に教えてくれそうな場は見つからなかった。

ところがつい先日、Facebookで、良いイベントが見つかった。毛鉤を使う日本伝統の釣り「テンカラ釣り」を、初歩の初歩から教えてくれるという。

長野県の奥地・小谷村で1泊2日という日程は少しハードルが高かったが、思い切って参加することにした。

 

白馬から、糸魚川街道を北上。山と川に挟まれた国道を走り続け、新潟県との県境近くで山に分け入ると、小さな集落に出た。そこにある農業体験施設が、今回の釣り教室の会場だった。古民家をリノベーションした木造建築で、特産の「とち餅」の製造工場を兼ねている。一階が多目的スペース、二階が宿泊スペース。土間を吹き抜ける風が心地よく、居心地の良い建物だった。

集まった受講者は、4人。東京方面から2人来ていたのには驚いた。あとは、新潟市から1人、そして私。

最初の自己紹介で、釣り素人は自分だけと判明(おぉ?)。素人は素人なりに挑戦するしかない。

最初は座学で基本的な知識を学んだ後、自分で使う「仕掛け」を作ってみる。と言ってもテンカラの仕掛けは簡単で、竿と同じ長さの糸(ライン)に、30cmくらいの細い糸(ハリス)をつなぎ、その先に毛鉤をつけるだけ。子供の頃の用水路の釣りと、大して変わらないくらいシンプル。素人にとっては、道具に気を遣う必要が少なくて済むのはメリットだと思う。

しかし、細かい作業がつきものなのが釣り。毛鉤とハリス、ハリスとライン、ラインと竿をつなぐには「二重投げ縄結び」が必要なのだが、これに苦戦した。何度教わっても、やり方がよくわからない。お手本を見せてもらっても、指で押さえながら結ぶので肝心なところが見えない。そもそも、ナイロンの硬く細い糸で小さな結び目を作るのは簡単なことではない。「イーッ!」と切れたくなるのをこらえつつ、他の人の倍の時間をかけて、なんとか出来上がった。

渓流に出るのは翌日の予定だったが、まずは近くの川で練習。

振り出し式の竿を伸ばし、先端に糸をつないで、セット完了。教えられたとおりに竿を構え、川に向かって振る。狙った場所に毛鉤が落ちて、少し流れたら、すぐに引き上げて、また竿を振る。投げては引き、引いては投げ、トライアンドエラーを短い周期で繰り返すのがテンカラ釣りの特徴らしい。

今回お借りした竿。大変高価と聞いたので、折らないように慎重に扱った。

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オモリ的なものが付いていない軽い糸は、まず真っ直ぐ飛ばすのが難しいのだけど、それ以上に困ったのは、どこに飛んだのかわからなくなることだった。大きさ1cmほどの地味な毛鉤が見えないのは当然だが、見やすいはずのピンク色の糸もすぐ見失ってしまう。これは想定外だった。目が良くないと、釣りはできないのか?

しばらく続けていると少しは見えるようになったが、場所によってはかなり見づらい。これは慣れでなんとかなるのだろうか。目印でも付けたいな……。

10分もしないうちに、腕が異様に疲れてきた。

だんだん空しさが頭の中に立ちこめてきた。魚の気配はまったく感じられず、ただひたすらに川に向けて糸を振り続けているオレは、一体何をやっているのか。なぜここにいるのか。なぜ来てしまったのか。帰りたい。

ふと、懐かしい感じがした。これは、まったく新しいことに挑戦して壁にぶつかっているときの感覚だ(そのまんまだけど)。久しく、なかった感覚だな。

気付かないうちに振りが雑になってきて、先生の指導を受けた。竿がブレるときは、左手を竿の尻に添えるとしっかり支えられるよ、と教えてもらう。格好は悪いが、握力のない自分にはこのスタイルの方が良いかもしれない。

1時間ほどで、練習は終了。結局、誰も釣れなかった。夕食の前に、皆で近くの共同浴場的な温泉に行った。ここが源泉掛け流しで、とても良い温泉だった。お客さんは同じ集落の人ばかりで、村の集会所状態だった。

夜。ここの畑で採れた夏野菜をたっぷり使った、家庭的な料理をいただいた。東京から来た人が「ひさしぶりに人間らしい食事をした」と言っていたけど、わかる気がした。すべての食材に存在感があって、「食べている」感じがするのだ。それに、たくさんの人と座卓を囲んで食事するのも、自分にとっては久しぶりだった。

食後は、毛鉤づくり教室。明日は自分で作った毛鉤で釣りをするのだ。

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基本的には、タイイングバイスというクランプのような器具に釣り鉤を固定して、糸や羽を巻き付けていくという作業。釣り鉤が小さいので、実質的な作業範囲は5mmほど。超、細かい作業が求められる。

芸術品のように美しいフライフィッシング用の毛鉤と比べると、テンカラ釣りで使う毛鉤はずっと地味でシンプルだ。でも、それなりに手間はかかる。マンツーマン指導を受けながら、1本「巻く」のに30分くらいかかった。巻き終わると、目がしょぼしょぼ、肩がカチカチ。こんなんやってられん、完成品を買おう……と思ったが、買うと結構高価らしい。すぐになくなる消耗品なので(自分も最初の練習中に、流木に引っかけて1本なくした)、自分で作らないと経済的に厳しいと、テンカラ歴1年の参加者が語っていた。

2本目。コンタクトを外してメガネに変えたら細かい部分が見やすくなり、作業が楽になった。3本目を巻き終える頃には、この作業自体に面白みが感じられてきた。これで魚が釣れたら楽しいだろうな。

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翌日、やる気のある人は朝食前に釣りに行こうという話になったが、自分はスルーするつもりだった。5時に起きて5時15分に出発するのは無理だ。

夜、激しい雨が降った。田舎の雨は森の匂いがして、心地よい。寝床の中で、明日の天気はどうなるのだろうと考えていた。意外と蒸し暑くて、よく眠れなかった。

朝5時、天気は小雨。他の人が起き出したので、結局自分も起床した。行くかどうか迷ったが、自分以外の全員が身支度を始めたので、自分も慌てて支度をした。頭の半分が寝た状態で、出発。昨日と同じ近所の川へ。

前夜、それなりに雨が降った割には、川は濁っていなかった。風もない。なかなか、良いコンディションらしい。カッパを着て釣り開始。

前日よりは、思った場所に毛鉤を投げられるようになった。しかし、相変わらず魚の気配を感じない。本当にいるのだろうかと疑問を覚えつつ、川面の下で動く魚を想像しながら、竿を振り続ける。

だんだん雨が強くなってきたので、1時間もたたないうちに終了。聞くと、先生は釣り上げる寸前で逃してしまったとか。参加者の1人も、一度、魚がかかった感触があったらしい。見えないだけで、いたんだな、魚。

宿に戻って、ご飯とお味噌汁と野菜中心のおかずという「人間らしい」朝食をいただいた。

それからも本降りの雨は降り止まず、結局、渓流に出かけるのは中止となった。早朝、無理矢理にでも出かけてよかったな(昼過ぎ、帰りがけに川をのぞいたら、もの凄い濁流になっていた)。またまた、毛鉤教室を続行。サカサケバリ、などを制作した。

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雨天中止を不憫に思った施設の人が、おやつを作ってくれた。というか、おやつ作りイベントを開催してくれた。

前年の秋に収穫した「山ぐるみ(オニグルミ)」を割り、中から身をほじり出す。栽培されているクルミと違って身が少ししか入っていないので、かなり手間がかかる。取り出した身をすり鉢で潰し、粉状になったら、水と砂糖(塩少々)を加えながらさらにすりつぶし、クリーム状にする。

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こちらの施設で作ったという「とち餅」を炭火で焼き、先ほど作ったくるみクリームを付けていただく。100%オーガニックなおやつ!(かじりかけの写真で失礼)

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コーヒーを飲みながらのんびりおしゃべりしているうちに、お昼になった。正直、あまりおなかは空いていなかったが、せっかく昼食を用意してくれたので、いただくことになった。夏野菜たっぷりの冷やし中華と、麦茶。なんだか、夏休みに田舎の親戚のうちに遊びに来た、夏休みの子供のような気分だった。

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昼食後、解散となった。結局、釣り体験というより、リノベーション古民家でのんびり過ごす休日になってしまったが、それはそれで楽しかった。

釣りの実践は、また次の機会に。でも、9月末で漁期が終わるから、そうのんびりとしていられないな……