『変身のニュース』

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10月初め、何も予定がない雨の休日。部屋にいるのも飽きて、外に出た。とりあえず、吉祥寺に出てみるか……と電車に乗ったはずが、三鷹でなぜか特快に乗り換えてしまい、そのままビューンと中野まで運ばれた。

ホームに降りてしばらく呆然としていたが、ふと、夏に中野に来たときのことを思い出し、中野ブロードウェイの「まんだらけ」に足を運んだ。

夏。ある漫画家の個展がこの中野ブロードウェイで開催され、見に来たのだけど、最終日の夕方だったせいか大入り満員、門前払いされてしまった。仕方なく、「まんだらけ中野本店」に(15年ぶりに)入って、レアな古本漫画たちを眺めていた。そのうちに残念な気分も薄れて、新しい漫画を探したくなった。

奥に行ってみると、聞いたこともない漫画家の作品が面出しされて並んでいた。担当者の熱意がにじみ出た棚作りに好感が持てた。試読用に、部分的に読めるようにラップされた漫画も置かれていた。そのときに手に取ったのが、宮崎夏次系の作品だった。

試読できたのは、「尾瀬」という短編作品だった。自由かつ繊細な線で大胆に描かれた絵と、シュールなストーリーが印象的だった。そのときは、ふーんと思っただけで、そのまま棚に戻して買わなかった。

ただ、その短い漫画の余韻がなかなか頭から去らなかった。何よりも不思議だったのは、一度も読んだことがないはずなのに、以前に読んだ記憶があることだった。よく、ありふれた作品を指して「既視感のある作風」などと言ったりするけれども、そんなレベルではなくて、その作品自体を読んだ感覚があるのだ。

漫画のデジャヴなんて、あるだろうか。それとも本当に読んだことがあるのだろうか。ずっと気になっていた。

そんなに気になるのならAmazonでポチして購入すればよいという話だが、作家名を忘れていた上に、短編のタイトルも間違えて覚えていた(「尾瀬」ではなかった)ので、探しようがなかった。もう一度あの棚に行けば、きっとわかるはずだ。

しかし、その棚の試読コーナーはなくなっていた。あれから2か月も経ったのだから仕方ない。がっかりしつつも、棚の間をうろうろしていると、見覚えのある絵を見つけた。相変わらず、宮崎夏次系はおすすめ作家として並べられていた。

あの短編を再読しようと思い、前回試読した短編集を買った。気分が良くなって、全然知らない漫画家の単行本も何冊かジャケ買いした。

次の週、土曜日の午後に近所の喫茶店でその短編集を開いてみると、また間違えていたことに気付いた。最初に試読した短編集とは違う、別の作品集だった。再びがっかりしつつも、まぁ同じ漫画家だから大して変わらないだろうと、気を取り直して読み始めた。

不思議なことに、その作品集の中にも「読んだことがある」短編がいくつかあった。そして、妙に深い余韻を感じさせるのだった。

奥付で初出を見てみると、2012年に「モーニング・ツー」という月刊誌に掲載されていた。この雑誌は読んだことがないはず。僕はこの既視感について考え始めた。

まず、特徴的な絵柄。なんか「ガロ」っぽいなと感じていたが、よくよく考えてみると、佐々木マキの絵に似ている。乾いたタッチで、大胆にデフォルメしたキャラクターが描かれているところなど。5年ほど前に佐々木マキの作品集を読んだときの記憶と結びついたのかもしれない。

シュールなストーリーも、佐々木マキと似ている。ただ、佐々木マキほど前衛的で難解はなく、多くの人が共感できるような、生きることの痛みや喪失感が描かれている。自分が何者かを掘り下げようとする登場人物の姿は、むしろ佐々木マキが挿絵を描いた村上春樹の短編小説に似ている。乾いた雰囲気は安部公房の作品にも似ている。要するに、僕が好んで読んできた小説と共通するエッセンスがある。

あと、いくつかの作品を通して読んで気づいたのだけど、自分自身が若い頃に書いていた小説とちょっと似ている。学生のとき、同じ同人誌で書いていた友達に「君の小説は全部こういうパターンだ」と指摘されたのだけど(具体的には恥ずかしいので書かないが)、その特徴がこの作品集の漫画にも少し見られる。

プロの作家に対してこんなことを書くのは非常に厚かましい話だけど、僕の中にある物語の「原型」みたいなものが、宮崎夏次系の作品が内包している「原型」とオーバーラップしているのかもしれない。それが、既視感の正体なのだろうか。

これほど「個人的に」に響いてくる漫画は、今まであまり出会ったことがない。他の人に勧められるかというと、ちょっと自信がないが、とにかく「個人的に」は、とても魅力的な漫画だった。

ただ、調子に乗って次の作品集も入手して読み始めたら、暗い話ばかりで気分が落ち込んでしまった。入り込みすぎても良くない。少しずつ読み進めようと思う。

変身のニュース (モーニング KC)

変身のニュース (モーニング KC)