僕が暮らさなかった町

<追記あり>

TSUTAYAで、前から気になっていた漫画を借りた。

 2005年に連載開始、2010年にはアニメ化され、2013年にはメディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したという大ヒット作ながら、僕は去年まで存在を知らなかった。もう連載も完結しているので、世間的には忘れられつつあるのかもしれない。あえて今、読み始めてみるのも一興か……と、偉そうなことを考えながらコミックスを数冊借りてみた。

ジャンルもよく知らないまま読み始める。内容は、東京の人情味あふれる商店街を舞台に、ヒロインの女子高生が騒動を繰り広げるという、日常系ギャグマンガだった。ヒロインが商店街の地味な喫茶店でメイドの格好をしてバイトしていることを除けば、設定に突飛な点はなくて、オーソドックスな1話完結型のお話が続く。

普通に面白く読めるが、僕的には、ギャグがあまり響いてこなかった……

ただ、1巻の「あとがき」に気になる情報が書いてあった。この作品の舞台のモデルになった商店街が東京に実在していて、作者自身がそこに暮らしていたと。

僕は作中の商店街の名前(架空)を見て、すぐにわかった。一時期、そこに引っ越すつもりで部屋探しをしていたからだ。

多摩川沿いのこの地域は、ごちゃごちゃした町並みながら、のんびりした空気が漂っていて、ちょっと散歩しただけでも居心地の良さを感じられる、良いところだった。夕方になると豆腐屋がやってきて、表に出てきた奥さんたちが世間話を始める。多摩川の土手を学校帰りの高校生がそぞろ歩き、その向こうに大きな夕日が沈む。

家賃が安かったのも、大きな魅力だった。この漫画の連載が始まる5年前の話だ。

本格的に不動産屋巡りをしようとしていたそのとき、会社が埼玉に移転してしまったので、この町に住むことは叶わなかった。もしここに引っ越していたら、どうなっていただろう。漫画を読みながら、そんな妄想をしていた。漫画のなかで描かれているような、面白くて愉快な日常を送れたかも(可能性はゼロではない!)。

今の人生が面白くも愉快でもない、わけでもないが、違う人生を想像してみたくなる自分がいる。

「絶えず幸福になろうとしている状態にあるかぎり、われわれはけっして幸福になることがない」と書いたのはパスカル先生だけど、まあ、そういうことなのだろう。

続きが気になるので、ちょっとずつ借りて読んでみよう。

 

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ようやく全巻を読み終えた。評価を改めようと思う。

 

1巻を読み始めた当初は、ヒロインを含む仲良し3人の三角関係を中心としたラブコメギャグマンガと思っていた。しかし、ヒロインが筋金入りのミステリ小説マニア、という設定が生き始めると、雰囲気が変わってきた。素人女子高生探偵が、チェスタトンの短編ミステリのごとく身の回りの謎を解き明かすという、独自の路線を歩み始めたのである。そのうち作者も調子が出てきたのか、各話の時系列をシャッフルしたり、伏線を別の話の中に隠したり、面白い仕掛けを施すようになった。ミステリに加えてSFやオカルト的なストーリーもあって楽しめる。

あと、高校生活の描写が妙にリアルで面白かった。ごく普通の共学の公立高校の、のんびりと気の抜けた雰囲気がよく出ている。恋愛の描写も、(男性から見て)理解不能な女性の行動がリアル。ドライで夢がなくて、良い。

最終話は、ファンの賛否が分かれそうな内容だった。読者が一番気になっていたことが、解決されずに終わるからだ。けれどもこれは、「終わりなき日常」を何よりも愛しているヒロインの意思なのだろうと思う。

 

朝の楽しみとして、通勤電車の中で1冊ずつ読み続けていた。最終巻を読み終えるのが寂しかった(結局、全巻買い揃えた)。