森山大道写真展「オン・ザ・ロード」

一度にこれほど大量のスナップ写真を見たのは初めてだった。しかも、それぞれの写真に人間の気配が濃密に写し込まれている。汗の臭いが立ち上ってきそうな写真ばかり。観ていて、いささか疲れた。

粒子の粗いモノクロプリントは大胆に焼き込みがかけられていて、現実とは離れた夢幻的な画像になっている。初期の作品の方が実験的で面白いが、最近の作品も、淡々とした絵の中に計算された演出が隠されていて、味がある。大胆な写真な割には、繊細な人なのかもしれない。

ひとしきり見終わった後、最後の展示室で作家のドキュメンタリー映像を見た。普通に街を歩きながら、コンパクトカメラでスナップを撮っていく。最近珍しい、フィルムのコンパクトカメラだ。パシャリ(ジー)、パシャリ(ジー)。淡々と撮影は続く。ただただ一方的に撮っていく。人のスナップが多いけど、被写体とコミットするタイプの写真家ではないのかなと思った。写真を見ても、なんとなく被写体との距離を感じることが多い。

ただ、ドキュメンタリー映像の中の森山大道は妙に饒舌だった。あんなにしゃべる人だったとは……

今回、ちょっと気になった写真があった。首都圏の駅のホームを線路の反対側から撮影したシリーズで、ホーム上で並んで電車を待つ人々の無防備な姿が写し込まれている(どこか覗き見のような感じで、これも作者の性格が現れているような気が)。人それぞれの立ち姿が面白くて見入っているうちに、あることに気づいた。

だれも携帯を持ってない!70年代の写真だった。

新聞や本を持っていない人は、だいたい腕を組んで、別々の方向を眺めてボーッとしている。退屈そうだが、嫌そうな感じはしない。携帯のない時代、電車を待つ間の退屈は苦痛でなかったのだ。空白の時間が当たり前だった。

こんな日常の一瞬さえも、昔とずいぶん変わったのだな。