『天のろくろ』(アーシュラ・K. ル=グウィン)

古書店で昔のサンリオSF文庫がまとめて売りに出ているのを見かけ、懐かしいなと思って1冊買ってみたのがこの作品。ル=グウィンは巨匠だから、代表作の名前くらい一通り知っていたつもりだったけど、この作品の名前は初めて知った。

近未来、若い男がドラッグ中毒となってサイコセラピストの治療を受けにやってくる。その男は「夢が現実化する」と訴えていた。自分の無意識が現実を変えてしまうことを恐れ、夢を薬で押さえ込んでいたのだ。セラピストはそれを妄想と考えて治療を始めるが、やがてそれが事実であることに気付き…

冒頭に「荘子」が引用されていたので、哲学的なカタい話かなと思いつつ読み始めたら、すごく面白いエンタテイメントSFだった。夢を見るたびに世界が変わり、それがエスカレートし、破滅的な結果を招いていく。ハリウッド映画にしたら面白いだろうなと思ったのだが、実際、映画化されたらしい(日本未公開)。

「天のろくろ」というタイトル自体が「荘子」の引用でもあるくらいなので、そこかしこに「無為自然」を表現したいという作者の意図がにじみ出ている。これ自体が「胡蝶の夢」みたいな話であるし、主人公も、無為自然の魂を持った無垢な人間として描かれている。この、主人公の精神構造の描写が禅じみていて面白い。クライマックスでは、西洋思想と東洋思想の対決みたいな対話まで出てくる。このあたりは「東洋思想に共感した西洋人の考え方」が現れていて、興味深かった。ただ、最後の方で翻訳がこなれていない部分があったのが、少し残念。

世界的には、『闇の左手』と並んでル=グウィンの代表作とされ、高く評価されている作品らしいが、なぜか日本では絶版。どおりで、古本にプレミアがついていた(定価の倍だった)。これは、復刊する価値がある作品だと思う。

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