『極夜行』

数年前、探検家の角幡唯介氏が北極圏で活動しているというエッセイを雑誌で読んだ。グリーンランド滞在中に国外退去処分を食らい、計画が大幅に狂ったと書かれていて、なんだか大変そうなことになっているなと思っていたが、その延長線上にどんな冒険を計画しているのかは書かれていなかった。

そして、私が知らない間にカクハタ氏は数年越しの準備を終え、意気揚々と冒険に旅立ち、初日から想定外の苦難に見舞われ、命からがら帰還していたのだった。

この本では、40歳を超えて家族を持った作者が、人生最後の大冒険として計画した「極夜の北極旅行」が、いかにして計画通り進まなかったかが描かれている。数か月にわたって太陽が昇らない真冬の北極圏で、GPSに頼らず、2万5000分の1の地図と方位磁針と星だけを頼りに旅をする……という探検家としてのこだわりは、ロマンがあって素晴らしいと思うのだけど、結局はそれがアダとなって最後まで苦労するはめになってしまった。

悪天候をはじめとする数々の不運に見舞われながらも、奇妙な楽観主義によって突き進む作者。その結果が裏目に出ても、結局は「なんとかなっている」のがすごい。不運なのか幸運なのか、よくわからない。

最後の最後で冷静な判断を下し、それを確実に実行できたのが、生還できた理由だろうか。その判断を支えたのが(作者も最後に語っているが)、何年もかけた周到な準備だったのだろう。

最初から上手くいかない旅の中、不安だらけのカッコ悪い、情けない心境が包み隠さず語られる。植村直己のような「何が何でも生きて帰ってやるぞ」みたいな情熱がないから、全然スカッとしない。そして、ときおり出てくるギャグが寒い。目を疑うほど寒い。まあ、それを含めて、自分を赤裸々にさらけ出しているのが潔いとも言える。ただ、それが面白いかというと……

個人的に残念だったのは、作者が多くのページを割いて描写した「極夜」の魅力が、あまり響いてこなかったこと。自分の想像力の問題かもしれないが、永遠に続くかのような暗闇の中の旅というのは、もうちょっと魅力的に描けたような気がする。これに関しては、ノンフィクション作家の能力よりも、詩人の才能が必要だったように思える。 

極夜行

極夜行